2023.11.01 [インタビュー]
「男性優位の現場の中で、女性スタッフだけで作った感動的な実話映画」ーー東京国際映画祭公式インタビュー『マディーナ』アイジャン・カッセィムベック監督、マディーナ・アキルベック(俳優)

東京国際映画祭公式インタビュー:
アジアの未来
マディーナ
アイジャン・カッセィムベック(監督/脚本)、マディーナ・アキルベック(俳優)
 
マディーナ

©2023 TIFF

 
シングルマザーのマディーナを取り巻く環境は重たい。老いた母親を介抱しながら2歳の娘を育て、23歳の弟ラウアンは自閉症に苦しんでいる。別れた夫が娘をわが子と認知しないため、DNAテストを受けたが、その結果はまだ出ていない。
昼はバレエ教室で教え、夜はショーパブで踊って家計を支えるマディーナを演じているのは、マディーナ・アキルベックさんその人。
この作品は、10年来の親友であるアイジャン・カッセィムベック監督が、彼女の実人生を題材にして描いた作品である。シングルマザーの貧困、性虐待のトラウマ、家父長制や一夫多妻制の問題がマディーナの姿を通して描かれるなか、カスピ海沿岸の光景が一抹の癒しと希望を観る者にもたらしてくれる。
 
――昨晩のワールド・プレミア上映はいかがでしたか。
 
アイジャン・カッセィムベック監督(以下、カッセィムベック監督):完成まで2年をかけ、この間、私たちが感じてきたことをすべて詰めこんだ作品ですから、昨日のワールド・プレミア上映はすごく緊張しました。カザフスタンから来日して幸せだったのは、私ひとりではなく、 プロデューサーや女優を含むチームで映画祭に参加できたことです。この東京で、日本の観客と一緒に映画を観ることができて感謝しています。
マディーナ
 
マディーナ・アキルベック(以下、アキルベック): みんなで一緒に東京に来ることができて、私もとても幸せでした。自分の人生をもとにした作品を観て、ここに来るまでずいぶん長い道のりだったと感傷的になり、観ながら何度も泣いてしまいました。
マディーナ
 
――なるほど、これは主演のマディーナさんの実人生が投影された作品なのですね。
 
カッセィムベック監督:映画作りで私が大事にしているのは、現実を偽りなく見せることです。マディーナとは10年来の友人で、彼女が離婚してからというもの、嘘みたいなことばかりがその身に起きているのを見て、これはマディーナひとりの経験ではない、彼女に似たたくさんの女性たちが経験している事柄に違いないと理解しました。それで彼女の人生を映画にしたくなったんです。
 
アキルベック:ずっとアイジャンのことは信頼していますから、映画にするならありのままを描いてくれて構わないと私は伝えました。
 
――シングルマザーの物語のほかに、家父長制の問題や一夫多妻制の問題、性虐待のトラウマも描かれています。
 
カッセィムベック監督:親との関係や離婚した夫が子どもを認知しないといったシングルマザーの物語、それから弟の性虐待の問題はマディーナのものですが、このほかにも様々な社会問題を織り交ぜて、カザフスタンに限らない現代の幅広い話題を盛り込みました。
 
――マディーナさんは今回初めて映画に出演したそうですが、自分の人生を題材にした作品で主演を演じることに、戸惑いはなかったですか?
 
アキルベック:過去にも映画に出たことはありますが、主役を張って自分の人生を演じるのは本当に難しかったです。これまでの人生で起きたことを撮影して、女優として感情を表現しなきゃいけないのが大変で、バレエ教室で教えているところに元夫が乱入してきて、諍いになるシーンを撮影した後は感情が昂ぶってしまい、空き教室に入ってひとりで心を落ち着かせました。
 
――声高に社会問題を訴えるのでなく、主人公のマディーナや弟ラウアンのキャラクターを内面的に掘り下げて、問題を抽出しているのが印象的でした。
 
カッセィムベック監督:その点はかなり意識していた部分です。身に降りかかる困難の度合いに乗じて、キャラクターはどれほど感情を露わにするのか。そして、社会的に虐げられているところにどれだけ心理的負荷がかかれば、人は行動を変容させるのか。これらを見極めるだけで、1年近くかかってしまいました。
 
――この『マディーナ』も前作の”Fire”も、 全て女性スタッフだけで作ったそうですね。
 
カッセィムベック監督:ええ。女性だけで作りました。カザフスタンでは撮影現場のカメラマンや監督はほぼ男性ばかりですが、私たちは女性同士で互いに協力しながら映画を作っています。今後も同じやりかたで映画を作り続けていくつもりです。
マディーナ
 
アキルベック:カザフスタンの男性監督は、女性に3つの役柄しか求めません。花嫁、妻、子供の母親のいずれかです。でも私たちのように女性が撮影現場を仕切れるなら、そうして類型化される前の「女性」を描くことができるんです。
 
――マディーナが声を上げる瞬間が本作のハイライトになっています。諦めて自分の殻に閉じこもるのではなく、声をあげることで何かが変わっていく。 監督はそこに小さな希望の光を見出そうとされています。
 
カッセィムベック監督:結婚式の場面で私が伝えたかったのは、怖がらないで自分の意見を公表していいんだということです。この映画では、老いた母もマディーナもマディーナの弟も、あまり話し合いません。家族が会話しないのも今日的な問題ではないかと思い、それに対する異議も劇中に提示したいと思いました。
 
アキルベック:自分の置かれた状況に意見を言えないのが私には辛くて、ただでさえ憤懣やる方ない気持ちでいましたが、そんな折に弟が虐待されていたのを知り、マジギレして結婚式で告発を行いました。告発した後どうなるかはわからなかったけど、とにかく自分にできることをしたのは嬉しいことでした。
子どものように身も心も綺麗になれて悪い感情は残っていない。そんな気持ちになれたからです。感情に後腐れがないことを、海のシーンに象徴させることができたのはよかったです。人生では誰もが友達や肉親に別の自分を見せたり、他人の顔を見せたりするものですが、このシーンの私はどこまでも私であり、他人を意識していません。私がこのひとときに解放されたことを、子どものようなまっさらな姿を通じて感じてくれたら、これに優る喜びはありません。
 

2023年10月29日
取材構成:赤塚成人(四月社)/ TIFF Times編集
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