2023.10.31 [インタビュー]
「この暴力的な話は突拍子もないようだけれど、どんな社会にも闇はあります」ーー東京国際映画祭公式インタビュー『野獣のゴスペル』シェロン・ダヨック監督、ジャンセン・マグプサオ(俳優)

東京国際映画祭公式インタビュー:
コンペティション
野獣のゴスペル
シェロン・ダヨック(監督/脚本/プロデューサー/エグゼクティブ・プロデューサー)、ジャンセン・マグプサオ(俳優)
 
公式インタビュー

©2023 TIFF

 
父親の失踪後、母と弟妹たちを支えるために、豚の屠殺場で働きながら学校に通っていた15歳のマテオ。彼は家族には努めて優しいが、学校では日々のストレスゆえにキレやすい荒くれ者となっていた。そんなある日、彼はちょっとした諍いでクラスメイトを殴打し殺してしまう。やむなく家族を残し、ベルトという男にかくまわれるが、ベルトは麻薬組織のリーダー。麻薬の売り子や遺体の隠蔽などを手伝わされる。無垢な瞳だが、ティーンエイジャーにしてどん底の生活にいる殺気を帯びたマテオの姿が脳裏にこびりつく重厚なバイオレンス『野獣のゴスペル』。シェロン・ダヨック監督とマテオ役のジャンセン・マグプサオに話を聞いた。
 
――裏社会にやむなく身をおいたことで人生が変わってしまった少年の物語。インスピレーションはいったいどこから得たんでしょう?
 
シェロン・ダヨック監督(以下、ダヨック監督):私は南フィリピン出身なんですが、故郷に帰った時に、ある友達からこの話を聞きました。まさに彼こそがマテオ。マテオと同じ経験をした人がいたんです。彼は私が映画監督だと知っていたので、2時間ほど体験談を語ってくれました。クラスメイトを殺めてしまい、ベルトが営むようなシンジケートに入ることになった、と。
公式インタビュー
 
――え⁉ まさか実話がベースだったとは……。
 
ダヨック監督:そうなんです。劇映画にするためには全部事実というわけにはいきませんので、7割方が事実で、3割方が私の解釈。でも、メインのストーリーはそのままです。事実と大きく変えたのは、組織に入ったマテオが友情を交わすグード。彼も殺されちゃいますけど、実際の人物は彼がちょっと思いを寄せた女性で、ボスの愛人でした。彼女も殺されたそうです。
 
――そんなサラッと……。監督はこの話に驚かなかった?
 
ダヨック監督:びっくりされるかもしれないんですけれど、私にとっては全然驚きじゃないんですよ。こういうことは日常で結構起きてますし、それほど珍しい話じゃない。その反面、驚かない自分がちょっと恐ろしい。だからこそ、この話を語るべきだと思ったんです。
 
――今、世界で受け入れられてきているフィリピン映画は、ブリランテ・メンドーサ監督が築いた実話に基づくバイオレンス、というジャンルが主体になっているように感じます。その現状については、どう考えていらっしゃいますか?
 
ダヨック監督:それこそ、今のフィリピンの現実だからでしょう。事実に基づいてるから、そういうジャンル映画になってしまうと思うんですね。だからといって、悲観してそれを作っているわけではありません。このことを話し合うことが、非常に大事だと思うからです。フィリピンでは麻薬戦争があり、組織的な暴力を正当化する傾向がありました。我々一般市民もそれをそのままにして受け入れてる部分があったんです。それはやはりおかしい。だから、これを映画として表に出して、問題化していくのが大事だと思っています。
 
――第24回東京国際映画祭で上映された『海の道』(10)からずっと、フィリピンの裏社会の方を描いてますが、これが、監督の道だと思われてます? それとも、ジャンルにはこだわりがない?
 
ダヨック監督:じつは、次回作はホラー映画に挑戦するんです。これからはいろんなジャンルに挑戦していこうと思ってるんですよ。そのプロジェクトは、英語劇で撮影もフィリピンではなくニュージーランド。でも、実話に基づくディアスポラ(元の国家や民族の居住地を離れて暮らす国民や民族)のストーリーです。
 
――ジャンセンさんは、この映画に出演が決まったとき、マテオが実在すると聞いてどう思いました?
 
ジャンセン・マグプサオさん(以下、マグプサオ):……じつは今知りました。
 
ダヨック監督:実話に基づいていることは伝えたんですが、モデルの人は私の家族の知り合いなので、あまり細かくは言っちゃいけないと思い、彼は今初めて知ったかと。
 
――ごめんなさい! ショックだったでしょう……。
 
マグプサオ:驚きましたが、それを知っていたとしても出演を受け入れていたと思います。
公式インタビュー
 
ダヨック監督:彼はオーディションに来てくれてから、ずっと頭から離れなかった。それで指名しました。
 
――何が決め手でした?
 
ダヨック監督:オーディション以前に知ってまして。そこに座っているプロデューサー(アーデン・ロッド・コンデス)は、“John Denver Trending”(19)という作品の監督さんなんですが、その作品にジャンセンが出演していたんです。その作品の時にも、俳優としての経験がないのにすごく優れていて、フィリピンの映画賞でふたつも賞を取ってるんですね。いきなりブレイクしたんですが、彼自身は非常に謙虚で、有名になりたいとか、そういうセレブ感っていうのが全くない。とにかく学ぶ意欲がものすごくて、プロ意識が高いんです。そこが決め手ですね。劇中のマテオは殺気立った表情をずっとしていますが、このとおり普段の彼は全く違います。カメラの前に立った彼をみて、彼にお願いしてよかったと本当に思いました。
 
――マテオの役作りはどうされたんですか?
 
マグプサオ:撮影開始前に5日間、ワークショップがありました。3日間はアクティングコーチと、残り2日間は監督と一緒に。アクティングコーチのワークショップは、積極的な芝居というよりはリアクションの指導です。このシーンではどういう反応をするかということを中心に。で、他の俳優たちと一緒に『万引き家族』を観ました。
 
――なぜ『万引き家族』を選んだんですか?
 
ダヨック監督:すごく生々しくて純粋なストーリーテリングだったからです。大きい芝居を見せようとか、見せかけではない演技が気に入ってます。これを観ることで役者たちには、気持ちを作るときにどうやってそのキャラクターを解釈するかを学んでもらいたかった。現場でも、初めて演出をしたときに、できるだけ誠意のある、素直な演技を求めました。
 
――その中には大ベテランのロニー・ラザロさんもいますよね。彼とジャンセンさんを組ませることによって生まれたケミストリーは具体的に何がありました?
 
ダヨック監督:彼はジャンセンと同じ地方出身で言葉も一緒なんですよ。それに彼はフレンドリーなお父さんのような人なので、威圧感がないんです。ジャンセンはちょっとシャイだから、ロニーは常に彼とコネクトしようしてくれたました。
 
マグプサオ:僕は彼の作品群を知ってますので、すごく緊張しました。でも、撮影に入ると、非常に話しやすいネタで会話をしてくれたので、緊張感がとれましたね。それで次第に、このシーンをどう演じるべきか、みたいアドバイスもいただくことができました。
 
――ちなみにあの犬の名前がナルトなのは?
 
ダヨック監督:私が「NARUTO -ナルト-」の大ファンだから。フィギュアもコレクションしています(笑)。
 
マグプサオ:僕も観てます(笑)。
 
ダヨック監督:スピンオフの「BORUTO-ボルト- -NARUTO NEXT GENERATIONS」も好きですね。
公式インタビュー
 
――このプロダクションで一番の困難はなんでした?
 
マグプサオ:僕はケンカのシーンが……。殴るっていうのがよくわかってないので。前にも喧嘩のシーンを撮影したことはあったんですけど、今回は振り付けがとても複雑だったので、かなり困りましたね。
 
ダヨック監督:私は、物理的なスケジュールやロケ地の選定ですね。演技の面では俳優がみんなすごく良かったのであんまり大変じゃなかったし、撮影やスタッフもみな慣れてる人たちだったから問題なかったんですが、ロジスティックは苦労しました。
実際のマテオが巻き込まれた土地とは全然違う場所を選ばないといけなかったので、私の故郷、サンボアンガは使えませんでしたね。ただ、偶然がひとつありまして。マテオが死体を捨てるシーンがありますよね? あの場所は、実際に死体が捨てられていた場所だったそうです。後から警察の人に聞きました。
 
――本当に死と暴力が隣り合わせなんですね……。
 
ダヨック監督:そう。慣れすぎている。表向きはね、平和。でも、我々はそこに住んで暮らしているからそう思うんであって、よくよく考えると非常に危険な場所がいくつもあるんです。この映画では、マテオとベルトの話として描きましたが、こういう暴力の世界は、どこの国にでもある話。アメリカはフィリピン以上だし、今はカナダも結構危ない場所が増えているし。突拍子もないようにみえるこの物語ですが、じつは非常に普遍的な物語であり、どんな社会にも闇の部分があることに気づいてもらうきっかけになるんじゃないかと思うんです。
 

2023年10月28日
インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)
新着ニュース
2024.01.24 [更新/お知らせ]
2024.01.23 [更新/お知らせ]
プレミアムパートナー