2023.10.31 [イベントレポート]
「誰しも、生活の中で、外では外用の仮面を被っている」10/26(木) Q&A:『99%、いつも曇り』

99%、いつも曇り

©2023 TIFF 左から、役者名

 
10/26(木) Nippon Cinema Now『99%、いつも曇り』上映後に、瑚海みどり監督をお迎えし、Q&Aが行われました。
⇒作品詳細
 
司会:市山尚三プログラミング・ディレクター(以下、市山PD):『99%、いつも曇り』は、本日が世界初上映です。この作品の監督を務めた、瑚海みどりさんがいらっしゃいます。
 
瑚海みどり監督(以下、監督):朝早くからお集まりいただきありがとうございます。『99%、いつも曇り』の監督を務めました、瑚海みどりと申します。どうぞ宜しくお願いいたします。
 
市山PD:はじめに、私からお話をさせていただきます。瑚海さんとは今回が初対面というわけではありません。実は、2年前の東京国際映画祭で行われた、Amazon Prime Videoテイクワン賞(以下、テイクワン賞)の授賞式でお会いしました。当時、瑚海さんが監督を務めた短編映画が同賞にノミネートされたのです。(『橋の下で』(21))最終的にはキム・ユンスさんの作品(『日曜日、凪』(21))がグランプリになりましたが、選考の際に議論がたいへん白熱したこともあり、瑚海さんの作品にも賞を授与しようということで、特別に審査員特別賞を設置し、見事受賞されました。おめでとうございます。
 
監督:その節は、ありがとうございました。
 
市山PD:あの作品は、映画美学校時代に制作された作品だったのでしょうか。
 
監督:そうです。当時、映画美学校の初等科に在籍していましたが、その際に修了制作で15分の作品制作が課されました。当時、同級生はみんな監督志望のなか、自分は元々俳優として活動していたため、ありがたいことにキャストとしてのオファーを貰うことが多くありました。その結果、自分の作品に集中するためには、早めに制作にとりかからなければいけないと思い、7月ぐらいから制作を始めました。ただ、周りも皆、自分の作品を製作中なので、整音をしてくれる人がいなかったんです。あの時の整音が本当に下手で、今日も来てくれている友達が、当時も1人で作品を観に行ってくれましたが、「(同賞にノミネートされた)上映作品の中で一番音がひどかった、汚い音だった」と言われたほどでした。私自身は、ホラー映画の撮影中で上映を観ることは出来ず、その感想を後から聞いただけだったので、そのようななかで受賞出来たことに驚きました。
 
市山PD:それは、もちろんテクニックの評価もあるとは思いますが、それ以上に、将来性のある監督を選ぶ目的の賞だったので、映画の完成度もさることながら、将来性のある人として評価されたのだと思います。
 
監督:ありがとうございます。ただ、将来性という部分でいうと、年を重ねてから監督業を始めたので。
 
市山PD:まだまだそんな年齢ではないですよ。
 
監督:ありがとうございます。皆さんに希望を与えていこうと思います。
 
市山PD:ここで、1つ質問をさせていただきます。あれから2年が経ちましたが、どのような経緯で、今回の『99%、いつも曇り』が長編映画の制作として始まったのでしょうか。
 
監督:まず、監督業を始めたきっかけとしては、4年前の交通事故で頭蓋骨骨折をしたことでした。その時、「こんな生き方をしていたらすぐに死ぬな」と思い、悔んだわけです。その後も、頭蓋骨を骨折している間ずっと「このまま同じように暮らしても、何も始まらないし、終わらない」と考えていました。元々、50歳になったら監督業を始めようと思っていましたが、「こんなでたらめな生き方をしていたら、監督になる前に終わってしまう。今すぐに始めなければといけない」と思いました。そこで、まずは役者としてオーディションを受けました。その後いろいろな現場経験を経て、さらにエンジンがかかり、監督になるために、映画美学校の門を叩いたのです。入学後は、先ほどお話があったように、修了制作でテイクワン賞を受賞しました。
 
市山PD:テイクワン賞では、賞金のほか、副賞としてAmazonスタジオとの長編映画制作の開発の機会が提供されるのですが、グランプリに対してだけなんですよね。
 
監督:そうなんです。元々、グランプリしか設置されてないなかで、私は、急遽設置していただいた審査員特別賞を受賞したので、あわよくば副賞も頂けるのではないかと甘えてみたのですが、そんな簡単な話ではないということが分かりました。そして、「この悔しさを勢いに、いま長編の制作を始めないと、また先延ばしになってしまう」と思い、慌てて取り掛かりました。その時はコロナ禍だったので、たまたま文化庁の支援金の募集も始まったんです。
 
市山PD:「ARTS for the future! 2」のことですね。
 
監督:そうです。1回目の募集よりも金額が上がっていて、時期としてもちょうど募集が始まったことを知り、「これはチャンスだな」と。ただ、経理のことが全く分からなかったので、税務署に出す書類など、YouTubeで一生懸命調べました。自分の貯金など微々たるものでしたので、600万円をいただけるかもしれないという可能性に、必死に食らいついていきました。
 
市山PD:600万円は大きい金額ですよね。
 
監督:大きいですよね。素人が製作するのに、600万円もあればある程度の規模の作品をつくれると思い、頑張りました。もちろん、文化庁も簡単には許可を出してはくれませんが、めげずに何度もやり取りをして、ようやく支援金を頂くことが出来ました。そうした経緯もあり、先々のことを考えて今やらなければ、という思いで取り組みました。
 
市山PD:文化庁からの支援金は、コロナ禍が落ち着いたタイミングで終了してしまったので、監督は良いタイミングで撮影できたんですね。この映画祭でも、ARTS for the future!の支援金を頂いて制作された映画からの応募が何本もありました。結果、上映された作品はそれほど多くはありませんでしたが、この作品については、ほとんどの選考委員の意見が一致して、上映が決まりました。
 
監督:ありがとうございます。
 
市山PD:脚本を考えたのも、4年前なのでしょうか?
 
監督:話をさかのぼりますが、15年ほど前に、「あんたもアスペルガー症候群だと思うよ」と言われたことがあり、その時にこの言葉に触れました。その時は、アスペルガー症候群と聞いて『レインマン』(88)に出てくるようなキャラクターを思い浮かべました。この映画のキャラクターは、記憶力が非常に長けているなどの突出した能力があり、一方でコミュニケーションが少し苦手な人として描かれていますが、アスペルガー症候群というと、そうした状態からもう一段進んだ症状というイメージを持っていたので、「え?私、そんな感じですか?」と驚きました。ただ、調べていくなかで、得意なことはすごく得意な一方で、コミュニケーションなどにおいて少し上手くいかないことがある、という特徴を知り、なるほど、と。また、自分のことも調べていくうちに、「確かにその(アスペルガー症候群の)傾向もあることもあるかなぁ」なんて思って。そのことがずっとメモとして残っており、事あるごとにそのメモを見て、「なにかで使えないかな」と思っていました。最終的に、今回の映画で題材にしようと思ったのは、初監督作品ということもあり、作家性が色濃い作品を制作した方がいいのではないかと思ったからです。アスペルガー症候群について調べてみると、YouTubeに、悩んでる人の動画がいっぱい上がっているんですよね。今は、そのような悩みも表立って言えるようになってきているので、そのような意味では良い時代だと思います。一方で、アスペルガー症候群を題材にしたドラマなどを見ると、かなり誇張した表現をしている印象を受けるんです。もちろん、人によって程度はさまざまですが、彼らはそこまでコミュニケーションをとるのが難しい人たちではないんですよね。実際には、グレーゾーンとされている人たちだって、身近にもたくさんいたり、もしかすると、自分自身にもそうした傾向があるかもしれません。そういう人たちを題材にした普通のドラマって言ったら変ですけど、「普通って何なの?」っていうドラマってないなって。「これは、何もかもがチャンスだ、今だ。描こうと思いまして。」
 
Q:なぜこの題名に決めたのでしょうか。
 
監督:一番最初に仮の題名をつけたときは、『私ができること』という題名にしたんですね。それを伝えたときに、「これだと何かヒットしなさそう」と皆に言われて(笑)もう少しアンニュイな雰囲気のものはないのかと考えたんです。ちょうどそのとき、自分の生活について思うことがありました。結局は楽しく暮らしていて、外では皆でわーっと話をしたりするんですが、家に帰るとそこまで晴れやかで居続けられるわけではなかったり、その日に言われたことについてずっと考えてしまったりして。誰しも、生活の中で、外では外用の仮面を被っているけど、いろいろと思うことはあるし、それを家でひとりになった途端に抱えてしまうといったようなことが積み重なっているのではないかと思うんです。この映画の一葉も、過去のことや、小さかった時に言われたことをずっと覚えていたり、被害妄想も強かったりしてそうした嫌な記憶がなかなか消えずに、反芻しています。嫌なことが繰り返し繰り返し、ぐるぐるぐるぐる回っている。つまり、いつも曇っていて、晴れやかな時間ではないという意味で付けました。
 
Q:登場人物(大地と一葉)が揃って帰宅をする時には必ずうがいをするという設定がありましたが、あれは大地は一葉に影響を受けているということなんでしょうか。
 
監督:そうですね。あのシーンは、一葉の神経質な側面を映し出している部分でもあります。ウェットティッシュをやたらたくさん持っている設定もありますが、あれも買い溜めをしていて、どこを何で拭くのかを、細かく決めているような神経質さがあるんです。例えば、部屋が汚くても気にならないけれど、ある部分に関してはどうしても譲れないというこだわりがあったとして、そうしたこだわりを他人にも強いてしまうということもあったりします。
 
Q:劇中では一葉が強烈なキャラクターとして提示され、最初はその受け手として大地というキャラクターが設定されているのだと思っていましたが、観終わった今、大地の存在からも受け取れるものがたくさんありました。これについて、脚本を執筆するにあたり、一葉と大地の関係性などのなかで、大地をどのような役割として描かれたのかお伺いしたいです。
 
監督:発達障害傾向のことを調べていたときに、パートナーの人にも焦点を当てるべきだと思いました。というのも、カサンドラ症候群という症状があり、相手に振り回されすぎて疲れ切ってしまう人も多いと知ったからです。こだわりが強いと、相手はそれに合わせたり、振り回されたりするために、鬱になってしまうこともあるという体験談が多く、そのような人も逃さず描かなくてはならないと思いました。一方で、およそ15年という長い間を共に過ごしている設定ということもあり、いつまでも相手に合わせ、慰めてばかりいる人はいないとも思います。段々態度が無骨になっていったり、もしくは会話がなくなったりしていく様子を描くことで、一葉の存在がより際立っていく。そのために、大地のシーンを増やしました。大地は、外では楽しそうに暮らしているし、樹里というきれいな女の子になびいたりもしますが、家に帰って一葉の存在を確認して、「この人じゃなきゃダメだ」と思います。そのように、凸と凹がちょうど嚙み合っている様子を描きたかったんです。大地の中に欠けているところを、一葉が埋めてくれる部分がある。そうした、互いに、相手を必要不可欠な存在だと思っていることを微妙な匙加減で描いていかなければ、一葉だけの物語になってしまいます。世の中は、1人だけが主人公ということはなく、どの人も主人公なんです。この物語は、一葉を中心に描いてはいますが、どの人にも物語があるということを描かないとリアルなものは伝わらないと考えて書きました。
 
Q:2年前は短編を撮影したということでしたが、今後も長編を制作されるのでしょうか?
 
監督:気持ちとしては、制作したくてしょうがないですが、そのためにはコレ(お金)ですね。コレが本当にたくさん必要なんですよね。私も、私財を投げ売って今はすっからかんなので、私の企画についてくださるプロデューサーさんや制作会社がいてくだされば嬉しいです。次の企画も考えてはいるので、どこかに応募したり、チャンスがあれば、制作したいと思います。本当に映画を制作することが楽しくて、自分も俳優なので、現場で人に指示を出すのも楽しくて仕方ないんです。自分がやりたいことを、スタッフの皆が再現してくれるなんて、サイコーじゃないですか!撮影が終わった後に、皆でお弁当を食べたり、話したりする時間はとても尊く、そうして出来上がった作品を皆さんに観ていただけて、面白かったと言っていただける。こんなに最高のことはないと思うので、命が途絶えるまで続けていきたいと思っています。
 
Q:監督自身、子供をもうけようと考えたことはありますか?
 
監督:プライベートな話になりますが、結婚当時は、精神的に幼かったこともあり、自分のことを考えるのに精一杯でした。一方の旦那さんは子どもが欲しかったと思うので、この(作中の)夫婦に似たような関係性だったかもしれません。その後、別の人とお付き合いしたときには、精神的にも成長し、子供をつくることも考えました。ただ、やはり一葉のように、「私が子どもつくっても大丈夫なのか」という心配がありました。そういう意味で、この物語は100%フィクションというわけではなく、私の経験や思いが多分に含まれています。
 
市山PD:最後に一言お願いいたします。
 
監督:私は、監督としてのキャリアを始めたばかりなので、見ていただくように、まだ客席が埋まっていないのが現状です。その一方で、今日初めて皆さまにご覧いただき、ここがこの作品の船出になったと思っています。皆さんがこの作品を面白いと思って下さったならば、隣近所の人に推薦していただいたり、SNSなどで感想とかを投稿していただいたり、皆さまの力でこの作品を遠くまで飛ばしていってほしいと思います。皆さまご協力お願いします。皆さまの応援の力で、作品がより成長していくと思いますので、皆さま、『99%いつも曇り』を大好きになっていって欲しいと思います。
 
市山PD:12月15日に劇場公開が決まっているんですよね。
 
監督:大事なことを言い忘れました。12月15日に、吉祥寺のアップリンクで上映が決まっています。また、約1か月半後にふと思い出して、観に行こうと思ってくださったり、寒い中温かい気持ちになりたいと思ったら、毎日、舞台挨拶など何かしら行おうと思っていますので、ぜひ会いに来てください。その時は頑張って、パンフレットなどもつくろうかと思っていますので、是非それも買って、読んでいただけたら嬉しいです。劇場でお待ちしております。どうぞよろしくお願いします。

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