是枝裕和監督
国際交流基金×東京国際映画祭 co-present 「
交流ラウンジ」企画となる「
アジア映画学生交流プログラム マスタークラス」が10月26日、東京ミッドタウン日比谷のBASE Qで行われ、是枝裕和監督がホウ・シャオシェン監督から学んだことを明かした。モデレーターは山形国際ドキュメンタリー映画祭プログラムコーディネーター/早稲田大学講師(専任)の土田環氏が行った。
本プログラムは、日本を含むアジアで映画を学ぶ学生を東京国際映画祭に招待し、是枝監督によるマスタークラスと、学生同士の交流会を通じて、アジアの映画の未来を担う次世代の人材育成につなげることを目的としている。
イベント冒頭では是枝監督が1993年に手がけたテレビドキュメンタリー「映画が時代を写す時 侯孝賢とエドワード・ヤン」の冒頭部分を上映。この作品は、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)とエドワード・ヤンという台湾を代表する2人の映画監督の撮影にかける思いに迫った内容となっているが、その流れで、古くから交流を深めていたというホウ監督との思い出話を披露することに。
ホウ監督は、台湾のみならず、香港、韓国、中国、日本の若手監督に声をかけて、それぞれの国で映画を撮るという、アジアをつなげるようなプロジェクトをやってみたいというのが念願だったという。そして「その時がきたらお前に声をかけるからな」と是枝監督に伝えていた。当時、テレビの世界を主戦場としていた是枝監督は、その言葉を頼りに映画を撮りたいという思いをひそかに燃やしていた。
その後、長編映画デビュー作『幻の光』を撮る事になった是枝監督は、その時のことを「ただ助監督経験がほとんどなくて。ドラマの現場では下っ端のスタッフとしてついていたくらいなので、自分の中で師匠と呼べる存在がいなかったんですよ。だから勝手に精神的な先生をホウ・シャオシェン監督であると思い込みながら、1本目の映画の準備を始めたんです」と振り返る。
そしてその時に使っていたというノートを取り出すと「これは恥ずかしいんだけど、ここにいろんなメモや、映画のビジュアルのイメージなどを書き記していた。今読んでも、よくここまでちゃんと書いているなと思うくらいに几帳面なノートでしたね」と述懐。
やがて、完成させた作品をホウ監督に観てもらうことになった。
是枝監督「(ホウ監督からは)「テクニックはすばらしい。ただお前は撮影に入る前に全部絵コンテを描いただろう」と言われて。確かに全カットを描いて、色まで塗っていたんですよ。そうしたらホウさんからは、役者の芝居を見る前に、どうしてその芝居をどこから撮るかなんて決められるんだと言われたわけです。ドキュメンタリーをやっているんだからそれくらい分かるだろうと。まあ、そこまで厳しく言われたわけじゃないんだけど、僕の中ではそう変換されているわけです。2本目、3本目の時に、自分が間違えた部分をどう克服していくか。それが自分に突きつけられた大きな宿題になったわけです」
ただし「だからと言って、もちろん絵コンテを描くことや、準備を可能な限り行うこと、設計図を綿密につくることが悪いわけではない」ということを念押ししつつも、是枝監督は学生たちにこのように呼びかける。
是枝監督「ただそれに縛られると目の前で起きている、一番面白いことや、なぜ自分ではないスタッフを使って撮るのか、ということがないがしろにされていくんですよね。自分の中だけに答えがあるわけではないのだ、ということをたぶん教えてくれようとしたんだと思う」
2009年の『空気人形』では、ホウ・シャオシェン作品の常連である撮影監督リー・ピンビンと一緒に組むことになった。
是枝監督「その時も捨てる前提で設計図は書いているんです。言葉が通じないので、一応絵で描いて見せた方が分かりやすいだろうと思って。それで絵コンテを渡したんだけど、リーさんはとにかく芝居を見たいというんです。芝居を見た上でカメラポジションはここだと指定する。そこからレールを引く。そこでこういう動きをすれば、3カットで組み立てたカット割りも1カットでいけるだろうと。まずは(主演の)ペ・ドゥナの芝居を見た上で、現場で話し合うところから1日がスタートするんです。今考えると、ホウさんのスタイルを僕に教えてくれたようなところがあって。その経験がとても大きかった」
その上で「今の自分が何かのスタイルを確立しているとは思わないし、たぶんこれからも変わっていくんだろうと思うけど、でもそれをいったん壊してくれたのがホウさんで、組み立ててくれたのがリーさんなんですよね」と語った是枝監督。
くしくもこの日の前日、ホウ監督が映画監督の引退を発表したというニュースが流れたばかり。是枝監督は「ホウさんが以前、アジアの若手の監督たちを束ねて映画をつくる、ということはまだ実現していないんですけど、その話を、アジアから集まった、映画を志す若い人たちに伝えていくといことも、たぶん精神的にはつながっている行為じゃないかなと思います」と語っていた。
第36回東京国際映画祭は11月1日まで、日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開催。
是枝裕和監督
国際交流基金×東京国際映画祭 co-present 「
交流ラウンジ」企画となる「
アジア映画学生交流プログラム マスタークラス」が10月26日、東京ミッドタウン日比谷のBASE Qで行われ、是枝裕和監督がホウ・シャオシェン監督から学んだことを明かした。モデレーターは山形国際ドキュメンタリー映画祭プログラムコーディネーター/早稲田大学講師(専任)の土田環氏が行った。
本プログラムは、日本を含むアジアで映画を学ぶ学生を東京国際映画祭に招待し、是枝監督によるマスタークラスと、学生同士の交流会を通じて、アジアの映画の未来を担う次世代の人材育成につなげることを目的としている。
イベント冒頭では是枝監督が1993年に手がけたテレビドキュメンタリー「映画が時代を写す時 侯孝賢とエドワード・ヤン」の冒頭部分を上映。この作品は、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)とエドワード・ヤンという台湾を代表する2人の映画監督の撮影にかける思いに迫った内容となっているが、その流れで、古くから交流を深めていたというホウ監督との思い出話を披露することに。
ホウ監督は、台湾のみならず、香港、韓国、中国、日本の若手監督に声をかけて、それぞれの国で映画を撮るという、アジアをつなげるようなプロジェクトをやってみたいというのが念願だったという。そして「その時がきたらお前に声をかけるからな」と是枝監督に伝えていた。当時、テレビの世界を主戦場としていた是枝監督は、その言葉を頼りに映画を撮りたいという思いをひそかに燃やしていた。
その後、長編映画デビュー作『幻の光』を撮る事になった是枝監督は、その時のことを「ただ助監督経験がほとんどなくて。ドラマの現場では下っ端のスタッフとしてついていたくらいなので、自分の中で師匠と呼べる存在がいなかったんですよ。だから勝手に精神的な先生をホウ・シャオシェン監督であると思い込みながら、1本目の映画の準備を始めたんです」と振り返る。
そしてその時に使っていたというノートを取り出すと「これは恥ずかしいんだけど、ここにいろんなメモや、映画のビジュアルのイメージなどを書き記していた。今読んでも、よくここまでちゃんと書いているなと思うくらいに几帳面なノートでしたね」と述懐。
やがて、完成させた作品をホウ監督に観てもらうことになった。
是枝監督「(ホウ監督からは)「テクニックはすばらしい。ただお前は撮影に入る前に全部絵コンテを描いただろう」と言われて。確かに全カットを描いて、色まで塗っていたんですよ。そうしたらホウさんからは、役者の芝居を見る前に、どうしてその芝居をどこから撮るかなんて決められるんだと言われたわけです。ドキュメンタリーをやっているんだからそれくらい分かるだろうと。まあ、そこまで厳しく言われたわけじゃないんだけど、僕の中ではそう変換されているわけです。2本目、3本目の時に、自分が間違えた部分をどう克服していくか。それが自分に突きつけられた大きな宿題になったわけです」
ただし「だからと言って、もちろん絵コンテを描くことや、準備を可能な限り行うこと、設計図を綿密につくることが悪いわけではない」ということを念押ししつつも、是枝監督は学生たちにこのように呼びかける。
是枝監督「ただそれに縛られると目の前で起きている、一番面白いことや、なぜ自分ではないスタッフを使って撮るのか、ということがないがしろにされていくんですよね。自分の中だけに答えがあるわけではないのだ、ということをたぶん教えてくれようとしたんだと思う」
2009年の『空気人形』では、ホウ・シャオシェン作品の常連である撮影監督リー・ピンビンと一緒に組むことになった。
是枝監督「その時も捨てる前提で設計図は書いているんです。言葉が通じないので、一応絵で描いて見せた方が分かりやすいだろうと思って。それで絵コンテを渡したんだけど、リーさんはとにかく芝居を見たいというんです。芝居を見た上でカメラポジションはここだと指定する。そこからレールを引く。そこでこういう動きをすれば、3カットで組み立てたカット割りも1カットでいけるだろうと。まずは(主演の)ペ・ドゥナの芝居を見た上で、現場で話し合うところから1日がスタートするんです。今考えると、ホウさんのスタイルを僕に教えてくれたようなところがあって。その経験がとても大きかった」
その上で「今の自分が何かのスタイルを確立しているとは思わないし、たぶんこれからも変わっていくんだろうと思うけど、でもそれをいったん壊してくれたのがホウさんで、組み立ててくれたのがリーさんなんですよね」と語った是枝監督。
くしくもこの日の前日、ホウ監督が映画監督の引退を発表したというニュースが流れたばかり。是枝監督は「ホウさんが以前、アジアの若手の監督たちを束ねて映画をつくる、ということはまだ実現していないんですけど、その話を、アジアから集まった、映画を志す若い人たちに伝えていくといことも、たぶん精神的にはつながっている行為じゃないかなと思います」と語っていた。
第36回東京国際映画祭は11月1日まで、日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開催。