2023.11.02 [イベントレポート]
【第36回東京国際映画祭受賞作・総評】ヴィム・ヴェンダース監督「良い議論を交わすことができた。満足できる結果」
審査委員長
AIに対する考えも述べたヴィム・ヴェンダース監督


11月1日に閉幕となった第36回東京国際映画祭のクロージングセレモニー終了後、受賞作の総評を行うコンペ審査員会見が東京ミッドタウン日比谷のBASE Qで行われた。参加者は本年度の映画祭コンペティション部門の審査員長を務めるヴィム・ヴェンダース(映画監督)と、アルベルト・セラ(映画監督)、國實瑞恵(プロデューサー)、チャン・ティ・ビック・コック(プロデューサー)、チャオ・タオ(俳優/プロデューサー)ら5名の審査員。さらにコンペ審査員会見終了後には各賞の受賞者が参加する会見も合わせて行われた。

今年の審査員長を務めるヴェンダース監督は、「4名のプロフェッショナルな審査員の皆さんとご一緒させていただき、良い議論を交わすことができた。今回選んだ6つの賞に関しては満足できる結果となり、最終的には全員一致で決定に至りました。とてもいい仕事をしたと思っていますし、とてもいい気分です」と晴れやかな表情。

続くセラ監督が「審査はあまりにもスムーズで順調だったので、このメンバーでプロの審査員チームを組んで、世界の映画祭をまわったらどうだろうか、という意見が出るほどに順調だった」と語ると、ヴェンダース監督も「誰か、われわれ審査員チームにオファーをいただければ伺いますよ」とジョーク交じりに語り、会場は大盛り上がり。さらに國實氏、チャン氏、チャオ氏の3名がそれぞれに「楽しい経験」「貴重な時間を過ごすことができた」等々と語った言葉からも、充実した時間であったことがうかがい知れた。

実はヴェンダース監督にはこの日、会見直後に別件の仕事が入っていたため、スケジュール的には会見途中で中座する予定となっていたが、そのことを告げられると「他の審査員の皆さんがまだ残るというのに、自分ひとりだけ帰るわけにはいきません。わたしも残らせていただいて、会見を終わらせてから審査員の皆さんと一緒に退席したい」と宣言。

そこで報道陣からは、今回のグランプリ作品の『雪豹』に登場する“雪豹”がCGで制作されていたという映像の進化を踏まえ、今話題のAIと映画界のつながりについて質問を受けるひと幕も。それについてヴェンダース監督は、「驚いたのは、今回の映画祭で観た作品の中にAIを題材とした作品がなかったということ。だから今回はそういう感じではないのかなとは思ったのですが、ただAIに関しては今、アメリカで俳優と脚本家たちがAIが仕事を脅かす存在だとして、ストライキを行っていている最中です。わたし自身も彼らに連帯の思い、支持を表明したいと思うんですが、AIの使い方もいよいよ、脚本家や俳優、もしくはその他の職業の方々の権利を侵害するところまできていると思います。そういう観点からも政府レベルでも文化を守らないといけないと思います」とAIに対する考えを述べるひと幕があった。

そうしてこの日の会見を最後までつとめあげたヴェンダース監督。あらためて最後のあいさつを求められると、「先ほど、アルベルト・セラ監督が言った通り、われわれはこのグループで旅をしたいんで、ぜひ口添えをしてください。今回は本当にお互いのことが本当に好きになったし、お互いの持つ視点を尊重しながら仕事ができた。これからもぜひ続けていきたいところなのですが、残念ながら東京国際映画祭はこれで閉会となります。今回の映画を観ることができてしあわせでしたし、映画祭に参加できて光栄でした。そして皆さまのことが恋しくなると思います」とメッセージ。会場からは大きな拍手が寄せられた。

実は審査員会見前に、一部報道陣の取材に応じていたヴェンダース監督。そこでは「コンペ部門のすべての作品が同じ水準であったかというと、そうではなかったが、それでもとてもいい作品がいくつかあったので。その中から秀でた作品を選んで、みんなで議論しながら決めたんです。でも満場一致の意見で選ぶことができたので良かった」と切り出すと、『雪豹』に感心した点について『雪豹』は、はじめからとても新鮮な形で語られた映画で、観たこともない、聞いたこともない物語だった。それをチベット語で伝えられているというのもうれしかった。そして(“雪豹”の)デジタルの視覚効果もとてもすばらしくて、説得力のある形で表現されていた。わたしたちはキャストも大好きでしたし、いい笑いを伝えてくれる作品でした」と語っていた。

一方、会場では審査員と入れ替わりで、受賞者が来場する受賞者会見が行われた。

まずは「アジアの未来」部門の作品賞を獲得した『マリア』に出演するカミャブ・ゲランマイェーと、編集のエルナズ・エバドラヒが来場。編集を担当したエバドラヒ氏は「監督が来られなくて。この場にいないのが残念。審査員の皆さんに感謝しています。このニュースを聞いたら元気になると思います」と喜びのコメント。

一方、「コンペティション部門」作品賞を獲得した『雪豹』に出演するジンパ、ション・ズーチー、ツェテン・タシの3名には、「(今年5月に急逝した)ペマ・ツェテン監督に伝えたいことは?」という質問も。まずはペマ・ツェテン作品常連のジンバが「監督はもうこの世にはおられませんが、監督が遺した作品、すばらしい作品の数々を継ぐような作品をつくれるよう、わたしたちは映画づくりを頑張っていきたいと思います」とコメント。ション・ズーチーも「監督の映画に出たのは『雪豹』がはじめてでした。監督はいなくなってしまいましたが、監督は人生でもっとも重要な方でした。これからも監督を失望させないように、俳優として努力していきたいと思います」と続ける。

さらにツェテン・タシが「この映画に出たときは演技経験がない素人でした。でもペマ・ツェテン監督という先生にお会いして、この先も役者をやっていこうと決めました。先生はよく言っておられました。『すべてのことはあせらないで、ゆっくりやればいいんだよ。一生懸命がんばっていけばいいんだから』と。僕はこの先生の言葉を胸に、これからもがんばっていくつもりです」と決意のコメントを述べると、『マリア』のカミャブ・ゲランマイェーが「皆さんがお話をされている監督のお話を聞いて、胸の痛みを感じています」と哀悼の意を表するひと幕もあった。

続いて入れ替わりで、コンペティション部門監督賞の岸善幸監督(『正欲』)、コンペティション部門最優秀男優賞のヤスナ・ミルターマスブ(『ロクサナ』)、最優秀芸術貢献賞を獲得した『ロングショット』のガオ・ポン監督の3名が出席。

ロクサナ』のミルターマスブは、「わたしは13歳からいろんな映画で主役を演じてきたんですが、はじめて受賞したのが東京国際映画祭で、とてもうれしく思います。なぜなら東京国際映画祭は、アッバス・キアロスタミ、アミール・ナデリ、モフセン・マフマルバフら映画の巨匠たちを紹介した映画祭だからです。だからこういうすてきなな街で受賞できたことはうれしいこと」と喜びを爆発させた。

さらに『ロングショット』のガオ・ポン監督は「開幕の時にある記者から『TIFFに参加することになって。賞への期待はどれくらい?』と聞かれて、『特に賞に対して期待はありません。なんといっても長編第1作なので、ノミネートされるだけで大きな励みになります』と返したんですが、この賞をいただいて。これからも映画を撮っていいんだと言っていただいたようで。監督としての自信をいただきました」と笑顔。さらに「実は僕はペマ・ツェテン監督の大ファンなんです。残念ながらペマ・ツェテン監督は亡くなってしまいましたが、『雪豹』がグランプリをとりまして。それと同時に僕も賞をいただくことができたというのがすごく光栄。うれしいことです」と付け加えた。

そして『正欲』の岸監督は、今回の主要な各賞に選ばれた『雪豹』『タタミ』、そして『正欲』の中で描かれる「大きなものにかき消されてしまう弱き者の声」というテーマが共通しているが、その中で、監督賞に選ばれたことをどう思うかと問われ、「これが質問の答えになるか分からないですが、率直にうれしいです。そういうテーマ性を持った作品が選ばれた中に『正欲』もあるというように認識されると思いますが、これは自分の作品であると同時に、原作の朝井リョウさん含め、スタッフ・キャスト、みんなが難しいテーマを掲げながら、現場でも悩みながら撮った作品でもあります。監督賞だけでなく、もうひとつ観客賞もいただいて。海外の人たちの目に触れると同時に、日本の観客の皆さんにこれが届けば、僕たちが伝えたかったこと提示できるのかなと思っていたので、率直にうれしいです」と喜びのコメントを語った。
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