2023.11.01 [インタビュー]
「自然と人間の関係を問う、ペマ・ツェテン監督の秀逸な遺作」ーー東京国際映画祭公式インタビュー『雪豹』ジンパ(俳優)、ション・ズーチー(俳優)、ツェテン・タシ(俳優)

東京国際映画祭公式インタビュー:
コンペティション
雪豹
ジンパ(俳優)、ション・ズーチー(俳優)、ツェテン・タシ(俳優)
 
雪豹

©2023 TIFF

 
チベット自治区の隣、中国青海省から車を飛ばす地方局のレポーターとカメラマン。レポーターの旧友であるチベット僧、ニックネーム“雪豹法師”から、山間の村にある雪豹法師の実家に保護動物として知られる雪豹が現れたという連絡を受け、彼らはそれを撮影しようとしていた。現場に到着した彼らを、雪豹法師の家族が出迎えてくれるが、羊の囲いの中にはすでに9頭の羊を殺めたという雪豹が。それだけで1000元を超える損害が出たから雪豹は殺すと激怒する僧侶の兄、動物は逃したほうがいいとする父親。それを傍観するメディア。三すくみ状態のなか、役人と警察までがそこに現れ……。自然と共生する者と資本主義の世界に暮らす者。双方の言い分を見事な会話劇と大自然の映像で見せる『雪豹』は、今年5月に急逝したチベット映画の第一人者ペマ・ツェテン監督の遺作のひとつ。監督との思い出とともに、出演俳優のジンパ、ション・ズーチー、ツェテン・タシに撮影を振り返ってもらった。
 
――ペマ・ツェテン監督の急逝のニュースには驚きました。お辛いとは思いますが、まずは監督のことを聞かせてください。
 
ジンパ:私は『タルロ』(15)、『轢き殺された羊』(18)そして『羊飼いと風船』(19)など、ずっとペマ・ツェテン監督とご一緒させていただいたので、急逝の知らせを聞いたときは非常に驚きました。監督の作品に参加させていただいたことは、私にとっては本当に光栄なことでした。急にお亡くなりになって、残念で仕方がありませんが、寿命は止むをえないもの。亡くなられたという事実に向き合わなければなりません。監督とは長くご一緒させていただいて、たくさんのことを学ばせていただきましたし、私たちに素晴らしい作品を何本も残してくださいました。なので、私たちもこれから一生懸命いいチベット映画を作り続けないといけないと思っています。
雪豹
 
ション・ズーチー:訃報を聞いた時、ほんとにもう辛くて残念でなりませんでした。映画界にとっても大きな損失です。最後のプロジェクトのひとつである『雪豹』で監督にキャスティングしていただいたことは、本当に光栄なことでした。でも、もう監督と会えないと思うと、今でもとても辛いです。
雪豹
 
ツェテン・タシ:じつは、お亡くなりになる直前くらいにお会いしたんです。その時、監督は息苦しそうにしてらっしゃって。心配したんですが、監督は「大丈夫だ」とおっしゃって、僕に「ちゃんと演技をやれてるか? がんばりなさい」と、ご自身のことよりも僕のことを気にかけてくださったんです。振り返ると、監督は僕の人生で一番大事にしてくれた方だと感じています。
雪豹
 
――最初から辛いことを伺って申し訳ありません。本作のキャスティングのことを教えて下さいますか? 最初に声がかかったのはジンパさんだったのでは?
 
ジンパ:いえ、私に声がかかったのは、キャスティングプロセスの真ん中でしたよ。当時、僕は別作品の撮影をしていたので、すぐにはとりかかれないことをご存知だったんでしょうね。でも、急に監督からご連絡いただき、「ちょっと、こっちにも出てくれないか」と誘われたんです。こっちも手伝って、という軽い感じではありましたが、逆に僕のことを信頼していただいていたからなのかな、と。ただ、うまくできないかもしれない、という不安もありました。
毎回、どの映画もそうなんですけれど、役をいただいてから撮了するまで、ずっと不安なままなんです。自信がないんですよね。
 
ション・ズーチー:僕は、クランクインの1カ月半か2カ月くらい前。北京でペマ・ツェテン監督に初めてお会いしました。この作品のお話をいただいたとき、「ぜひやらせていただきたいんですけれども、僕で大丈夫ですか?」と伺ったんですが、監督は、もう君のことはいろんな映像とか資料でリサーチはしっかりとしてあるから、君ならできると思うとおっしゃいました。
 
ツェテン・タシ:僕がペマ・ツェテン監督と初めてお会いしたのは、2019年10月24日。監督がエグゼクティブプロデューサーを務めたドキュメンタリーの撮影をラサで行っている時でした。その時は、この映画と関係なくお会いして、しかも僕はペマ・ツェテン監督がどういう方なのかを知らなかったんですが、「いつか一緒に仕事をしよう」とおっしゃってくださいました。その後、急に連絡があって、この映画に出てくれないかと誘われたんです。あのときの出会いがなければ、この大きなチャンスはありませんでした。
 
――脚本を読まれた時はどう感じられました?
 
ツェテン・タシ:クランクイン3日前にこの脚本をいただきました。困ったことに、僕の方言と雪豹法師の方言が違うんです。僕はカム方言なんですが、役のうえではアムド方言だったので、語学の勉強をしました。
 
ジンパ:僕はセリフが膨大で(笑)。ペマ・ツェテン作品の中ではいつも苦しい立場なんですよね。多分僕はそういう運命なんでしょう。今回は役名がジンパだったので、役の名前を気にせず、芝居だけ集中すればよかったのがラッキーでした。
この役は、とにかく自分の粗暴な一面を爆発させました。普段は大人しい性格なんですが、荒れたときのキャラを強調して。そしてとにかくセリフの量がすごかったです。
 
ション・ズーチー:僕はすごく不思議な感じでした。チベット高原には行ったことがなかったので、脚本上に描かれていることは全て想像するだけ。全てが物珍しくて、すごく好奇心いっぱいになりました。僕が演じたワン・シュイも、チベットに初めて行く設定だったので、監督からは「君のその好奇心を、そのまま消さないで撮影まで持ってて」と言われたんです。実際行ってみたら、監督のおっしゃるとおりだ、素のリアクションでいけると思いました。
雪豹
 
――撮影時の思い出をぜひ。
 
ジンパ:印象に残っているのは、ケーキのシーンですね。あそこだけ一息つけたんです。私のシーンはひたすら怒る、ひたすら怒鳴っているのが連続してたので。あのシーンがなかったら、辛いばかりだったと思います。
 
ツェテン・タシ:じつは僕は本当に出家したかったんです。ひとり息子なので両親からは出家するのを止められていたんですが、間もなくお寺に入るという頃に、監督に声をかけられました。運命でしょうか。撮影の40日間ずっと、僧服を着ることができたんですよ。撮影が終わった時も、衣装を脱ぎたくなかったくらいです。きっと撮影に入る時には、心はすでに僧侶になっていたんでしょう。
 
ション・ズーチー:僕は高山病ですね。体の反応は自分ではコントロールできませんから、皆さんに隠れてこっそりと吐いてたり、めまいに悩まされたり。でも、全体的にはとても楽しい撮影だったと思います。毎日キャンプで泊まっているところから、撮影現場の羊の囲いのところに通っていましたが、オフカメラのときはみんなで並んで日向ぼっこしてたんですよ。とても楽しい思い出です。
 
ジンパ:こうして大自然の中で撮影したことで、みんな仲良くなれたのが素晴らしい思い出ですね。すごく良かったです。雪山の風景を見ながらコーヒーを飲むんですよ。雪山を見ながら、彼(ツェテン)の方言をチェックしたりね(笑)。
 

2023年10月28日
インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)
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