東京国際映画祭公式インタビュー:
コンペティション
『タタミ』
ガイ・ナッティヴ(共同監督/脚本/プロデューサー)、ジェレミー・レイ・ニューマン(プロデューサー/俳優)
ジョージアの首都トビリシで開催中の女子柔道選手権。イラン代表選手レイラは勝ち進み、イスラエル選手と戦う可能性が出てきたが、政府から対戦回避のために“負傷を理由に棄権しろ”という命令が下される……。スポーツ界への政治介入や、世界を揺るがすイランとイスラエルの複雑な関係などを背景に、スポーツマン精神と人としての尊厳を賭けて戦う女性たちの“決断”を描く社会派ドラマ。『SKIN 短編』(18)でアカデミー賞短編映画賞を受賞したイスラエル出身のガイ・ナッティヴ監督と、プロデューサーで女優のジェレミー・レイ・ニューマンに制作のプロセスなどを伺った。
――作品を作るきっかけとなったのは?
ガイ・ナッティヴ監督(以下、ナッティヴ監督):イラン女性に<スカーフ(ヒジャブ)を必ず被れ>という政府の命令を拒否して、抗議運動に参加したマフサ・アミニさんが殺された事件がありました。その後にサッカーのワールドカップで政府による女性弾圧に抗議を示して選手が国歌を歌わないということもあって。そういう政治的なリアクションがスポーツ界にもどんどん波及していることに触発され、イランの女性たちの強い反骨精神を描きたいと思ったのです。
――イラン出身で、現在はパリに亡命中の共同監督ザル・アミールさんとの出会いは?
ナッティヴ監督:カンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲得した『聖地には蜘蛛が巣を張る』(08)での彼女の演技が素晴らしくて。その印象がずっと頭に残っていましたから、映画を作ろうと思ったときになんらかの形でコラボできないかと声をかけました。
だいたい僕はペルシャ人でもないし、女性でもない。まずは女性の視点や特有な文化や思想などを教えていただくためにコーチ役をお願いして、結局、共同で監督をすることになったのです。イラン出身のアミールさんとイスラエル出身の僕。このコラボレーションが、政府が多くのことを制限しても、我々芸術家には及ばないということを証明していると思います。
――モノクロームで、4:3スタンダードサイズの画面を選んだ理由は?
ナッティヴ監督:小さな箱に閉じ込められているような、クロストロフォビア(閉所恐怖症)的なロケーションで、人生にもまったくカラーがないというところを強調したかった。最後の方にちょっとだけ開いてちょっとだけ呼吸ができるという……。やはり、大好きな黒澤明監督のフォーマットにちょっと影響を受けているかも知れませんね。
――柔道を選んだ理由は?
ナッティヴ監督:柔道はボクシングのように血を流すこともなく技や様式を競い、なにより自分の師の教えを大切にする。とても美しく精神性の高いスポーツですから、理由もなく棄権することも普通なら考えられないことなのです。それに、イランでもイスラエルでも、柔道は一番人気のあるスポーツですから。柔道を通して描くのが最もふさわしいと思いました。
――試合に出場し続けるレイラも、彼女を棄権させることに失敗した女性コーチのマルヤムも、政府から強い圧力をかけられます。ふたりに救いの手を差し伸べるWJA(世界柔道協会)スタッフのステイシーを演じたのがジェイミーさん。救世主のように見えました。
ジェイミー・レイ・ニューマン(以下、ニューマン):いえいえ、あくまでも最終的な決断は、レイラとマルヤムのふたりがすることです。ステイシーは、「こういう選択もできます」という選択肢を見せる脇役です。もちろん、彼女たちが選んだ道を安全に歩けるように、責任を持って最後までサポートしますけどね。
じつはステイシーを演じるにあたって、実在のモデルがいました。ある大会の開催中に、実際にふたりの女性がこの映画のような状況に陥ったのですが、その女性スタッフが政府の圧力からふたりを守って、“自由への道”の橋渡しをしたのです。
私としては、彼女にお会いして、一挙手一投足を観察して。ファッションも、会期中はスニーカーを履いて飛び回り、授賞式だけはハイヒールとか、細かいところまで役作りしました。とても参考になりましたね。
――レイラを演じたアリエンヌ・マンディさんのキャスティングは?
ニューマン:アリエンヌはアメリカで生まれ育っていますが、お父さんはイラン人。ペルシャ語も習っていますし、毎年夏休みにはイランにも行っていました。ですから、アメリカで自由を満喫している彼女にとっては、イランで男性に会う時や運転をする時にヒジャブを外してはいけないといった、女性に対するさまざまな規則へのストレスは体験済みだったのです。その経験がレイラへの共感を生み、演技に反映されていると思います。
――ジョージアをロケ地に選んだのは?
ナッティヴ監督:ジョージアでロケをすると、40%の税金が戻ってくるというシステムが魅力的でした。製作資金集めに苦労している僕たちとしては、少しでも安く撮りたいですからね。
ニューマン:大会の舞台となったスタジアムも、昔からの建築物で古びてはいても、歴史を感じさせる威厳というか、美しさがありました。後半のほうでアップになる天井の模様とか。重厚なバロック様式なんですよ。近代建築の新しいスタジアムもあったのですが、あえて古い方で撮影をしてよかった。それに、ジョージアの方々は本当に映画製作に協力的でした。感謝です。
――本作に込めたメッセージは?
ナッティヴ監督:「人々に勇気を〜パワー・トゥ・ザ・ピープル」というジョン・レノンの曲がありますけど、現実的には政府も酷いことになっていて。やはり、人間、人々が大事です。同じ音楽を聞いて、同じものを食べて、同じスポーツが好きで……。腐敗した政府がなければ、5分でわかりあえるはずです。心と心、魂と魂だけになって対すれば、こんなに酷い状況にならないはず。
この作品は、女性の状況を描きましたが、じつにタイムリーだと思います。物事は変わる。女性たちが立ち上がってムーブメントを始めている。そこに希望があります。
ニューマン:ひとりの人間がこれだけのパワーを持てるんだ、ということを知っていただきたいです。30年後にこの映画を見て、「こんな時代があったんだ」と、なって欲しいですね。
ナッティヴ監督:第2次世界大戦で、ドイツとユダヤ人、日本とアメリカが敵として戦ってきたけれど、いまでは共存し融合しているでしょう。過去のトラウマがあったとしても、それを癒やしていく時間があれば新しい世界も変わってくるはず。この映画が、その小さな第一歩になれば良いと思っています。