2023.10.31 [イベントレポート]
「観る人の主観によって印象が変わっていくような、幅の広い表現ができる女優さんが必要でした」10/30(月)Q&A:『市子』

市子

©2023 TIFF ※画像は26日に登壇した際の戸田彬弘監督

 
10/30(月) Nippon Cinema Now『市子』上映後に、戸田彬弘監督をお迎えし、Q&Aが行われました。
⇒作品詳細
 
司会:市山尚三プログラミング・ディレクター(以下、市山PD):それでは戸田彬弘監督、一言ご挨拶をお願いいたします。
 
戸田彬弘監督(以下、監督):『市子』の監督を務めました戸田と申します。平日の昼間にこんなにたくさんの方々に来ていただけてとてもうれしいです。いろいろお答えできたらと思っているので、最後までお付き合いください。どうぞよろしくお願いいたします。
 
市山PD:それでは私の方から一問だけ質問をさせていただきます。杉咲 花さん演じる市子という主人公がいますが、本作は主人公の視点というよりは、常に第三者の視点で描く形の構成になっています。この作品を作るにあたって、どうしてこのような構成を取られたのか、監督の意図をお伺いできますでしょうか。
 
監督:この場にいらっしゃる方は皆さんもうご覧になって頂いているという前提で、ネタバレにあたる部分も含めてお答えいたします。

ーーーーーここから:◆ネタバレご注意!鑑賞後にお読みいただくことをオススメします。クリックで本文を展開します。


 
Q:市子を取り巻く様々な方々を、それぞれの役者さんたちがとても魅力的なキャラクターで演じられていたのですが、キャスティングについて何か監督が苦労した点や工夫した点があれば教えていただきたいと思います。
 
監督:本作はもともと戯曲形式で書いていたので、舞台用の脚本として書いたものを映画化するという形になりました。映像で表現をするにあたっては苦労しながら脚本を書き換えていったのですが、最初に考えたのはもちろん市子役を誰にするかという点で、結果として、それは杉咲 花さんにお願いすることになりました。
先ほども申し上げた通り、自分たちの過ごすこの現実社会に市子のような境遇の方がいるという事実を大事にしなければいけない、そしてそのためには作品の世界観を自分たちの生きている世界線と近しく感じられる物語にしなければならない、と思っていたので、はじめに作品の中で起こる出来事の年表を作りました。日本で1987年に生まれた川辺市子という子が、この国のどのような社会情勢の中で生きてきたかを、年表という形で表現しました。東大阪市出身の主人公の物語ということもあって、ネイティブで関西弁を喋れる方でキャスティングを固めたいという思いで進めていたのですが、高校生から三十歳手前までの役柄を1人で演じ分けることができそうな女優さんをリストアップしていく中で、なかなかイメージが合致する女優さんが出てこなかったんです。そんな時にNHKの朝ドラ「おちょやん」(20)に杉咲さんが出演されていて、関西弁を完璧に話されていたので、ぜひ杉咲さんに依頼をしようと思い立ちました。
杉咲さんのことはもちろん以前から知っていましたし作品も拝見していましたが、ちょうどその時期に『楽園』(19)という瀬々敬久監督の映画を鑑賞した際にはそれまでに私が抱いていた杉咲さんとは違う印象のお芝居をされていたんです。本作の市子というキャラクターは一つの面だけでは演じられないキャラクターですし、第三者の視点で描いていく作風もイメージをしていたので、少し視点が変わるたけで、その人の人物像と実態が乖離していたり、「ここで描かれている人は本当に同一人物なんだろうか」という疑問が生まれたり、観る人の主観によって印象が変わっていくような、幅の広い表現ができる女優さんが必要でした。そこに杉咲さんのもつ演技力の幅がぴたりとハマるのではないかと感じたので、杉咲さんにお手紙を書かせていただいて、キャスティングのオファーをする運びとなりました。
 
Q:いま、舞台から映画化するのにご苦労をされたということを伺いましたが、どのような点にご苦労されたのかということと、舞台と映画で違う、大きく変えた部分と変えなかった部分などがあれば、ぜひお聞かせいただきたいです。
 
監督:どう表現するのが最も適切か分からないのですが、舞台版に出てくる市子という役はいわゆる人形のようなモノとして舞台上に出てきます。もちろん無感情で演技をしているわけではないのですが、物語の中で起こる出来事を証言する人のためのステージを舞台上に用意していて、その上で話される方々の証言が舞台上で具現化されていく、というスタイルで市子には演じてもらっていました。本作のようなファンタジー要素のないドラマでも、舞台であれば、ある意味、抽象化されたり、ある種のリアリティから外れたりしても成立させることが可能な媒体だと思っています。一方で映画版で本作を作る際には、そうしたファンタジーやSFのような描き方は一切なしにして、カメラがリアリズムを捉え、記録していきながら作るべきだと僕は考えていました。
そのとき、市子というキャラクターをカメラで収めていく一方で、そこに実存性や実在性が少なくなるように表現していくにはどうしたらよいのかを考えました。そして最終的には、市子の主観としての言葉やシーンは見せず、客観的な視点にカメラポジションを置かずに、ドキュメンタリータッチのようにハンディーで、カメラを絶対的な観測者として構成する形で脚本を書き上げました。
もう1つ、舞台版と映画版で変えていないところもあります。それは物語そのものです。大きな世界観やストーリー自体は大きく両者で変更されていないと思っています。
 
Q:先ほど市子を演じた杉咲 花さんへのオファーの話をされましたが、杉咲さんと謎の女性像、市子を作り上げていくに当たって、リクエストも色々とあったのではないかとお見受けしていましたが、苦労された点や印象に残っているエピソードなどがあれば、伺えたらと思います。
 
監督:杉咲さん自身にもこの作品の市子という役についてかなりの部分をインタビューでも答えていただいているのですが、彼女なりにこの役に対してシンパシーを感じているという話をされていました。基本的にはそうした彼女の前向きなエネルギーの中で一緒に取り組んでいただきました。取材を通じて、(市子のような境遇の女性は)あまり目立った服装や色を見に着けない、華美な髪型をしないなどの傾向を聞いていたので、市子というキャラクターにも黒のワンピースを象徴的な服装として使おうというアイデアや、髪も色や形を巻いたり染めたりせず地味なスタイルに徹しようという進め方を共有しながら作品を作っていったんです。メイクに関しても、衣装合わせのタイミングで本人からスッピンでやりたいと言ってくださったり、あるシーンでも「ちょっと深めにこのシーンはやりたい」と伝えたら、もちろんというひと言で受け入れてくださった感じでした。そうした意味で、苦労するというよりは、杉咲さんの前向きに市子というキャラクターや本作の世界観を理解しようとする姿勢に乗っかる形で作品作りを進めることができました。
 
Q:先ほど脚本の話が出たと思いますが、クレジット上は戸田監督ご自身の原作の脚本化を、映画監督でもある上村奈帆さんに依頼した理由はどういったところにあるのでしょうか。
 
監督:上村さんとは、この映画が決まったくらいの頃に出会いました。彼女の作品に『書くが、まま』(18)という映画があるのですが、それを拝見して、とても心のきれいな方なんだろうと思っていました。同じ時期に、ちょうどこの『市子』の映画化の話を上村さんとしていたのですが、私自身が原作である一方、あまり入り込みすぎず、客観的な視点を加えるために、もう1人入れたうえで脚本化したいという思いがありました。その話をすると上村さんが私の原作の戯曲に目を通してくれることになり、すぐにその場で読み始めてくれたんです。その際彼女がまっすぐな涙を流しながら戯曲を読み終えてくれた様子を見て、本当に市子というキャラクターを真正面から受け止めてくれたのを感じ、私は本作の脚本化を上村さんにお願いすることを決めました。

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