東京国際映画祭公式インタビュー:
第36回東京国際映画祭 コンペティション 審査委員長 ヴィム・ヴェンダース
©2023 TIFF 11/1・審査委員記者会見でのヴィム・ヴェンダース審査委員長
チベットの山村を舞台に、若いチベット僧と白い豹の交流をファンタスティックに描いた『雪豹』が、東京グランプリを受賞した第36回東京国際映画祭。
〈多様性〉をテーマにした浅井リョウのベストセラーを岸善幸監督が映画化した『正欲』が、最優秀監督賞と観客賞をダブル受賞。
審査委員特別賞を受賞した『タタミ』も、理不尽な政府の命令に苦悩する柔道の女性コーチを演じたザル・アミールが最優秀女優賞にも輝きダブル受賞。また最優秀男優賞には『ロクサナ』でイランに暮らす若者の揺れ動く心理状態を熱演したヤスナ・ミルターマスブに輝いた。
オープニング上映で話題を集めた『PERFECT DAYS』(カンヌ映画祭で役所広司が主演男優賞を受賞)の監督でもあり、コンペティション部門の審査委員長も勤めたヴィム・ヴェンダース監督にその選考過程を詳しく伺った。
――コンペ部門に参加した作品の傾向と最も議論した点を教えてください。
ヴィム・ヴェンダース審査委員長(以下、ヴェンダース審査委員長):当然のごとく、作品のすべてが同じ水準ではありませんでした。素晴らしいクオリティの作品もあれば、一定の水準に達していないものあって。全作品を観終わったあとに、我々審査委員がそれぞれにとても良いと思う作品、心に響いて説得された作品。まずはピックアップして、それから議論を始めました。そして、『雪豹』を東京グランプリに全員一致で決めました。
――他の賞も全員一致ですか?それとも意見が分かれましたか?
ヴェンダース審査委員長:まず、各賞を決めるに当たって“透明性”ということを話し合いました。今回の作品のなかで、どの作品がいちばん自分の心に響いたか、惹かれたかを議論した結果、最初のプロセスで5本の作品に絞られました。
次にこの5本からどんな賞がふさわしいかを話し合いました。この作風なら監督賞とか、この演技なら女優賞、あるいは男優賞とか。その話し合いの中で、揉めたり反対したりすることもなく、とても明確に、速やかに決まったのです。もちろん、こっちにこの賞をやるなら、あれにはこの賞を、なんていう駆け引きもなく(笑)。結局、他の賞も審査委員全員一致で賛同を得ることができました。
10/24の記者会見でのヴィム・ヴェンダース
――受賞作『正欲』のほかに、日本映画『わたくしどもは。』と『曖昧な楽園』がありますが、どのような感想を持たれましたか?
ヴェンダース審査委員長:審査委員全員の意見として、その2作には説得されなかった。心に響かなかったということです。
――ロシア映画『エア』については?
なにも賞に触れていないということは、私たち審査委員の宣言というか、声明として受け取っていただけるのではないでしょうか。作品のクオリティについても、従来からありがちな手法の戦争映画で、新鮮味も薄く出品作の中で唯一の戦争映画ではありました。
我々の気持ちとしては“今のこの時代に、戦争映画はどうなのか?”という思いもありました。
――先程、水準に達していない作品もあったとおっしゃっていました。
ヴェンダース審査委員長:確かに、他の作品と比べてみると“いかがなものか?”というようなレベルの作品もありました。もちろん我々審査委員は、その映画の良いところを見出そうと最善を尽くしましたが、やはり賞にはふさわしくないと判断しました。
どの作品かは控えさせていただきますが、ひとつだけ言えることは、今回のコンペ部門の作品の中で4本がとても抽象的な、形而上学的な作品でした。それが死後の世界についてであったり、超現実的なものであったり……。しかし私たちはその作品にあまり説得されなかったし、心を動かされませんでした。
――審査委員長の立場ではなく、監督ご自身がもっとも感銘を受けた作品は?
ヴェンダース審査委員長:それは『雪豹』です。最初から、とても新鮮なスタイルで語られている作品だと引き込まれました。いままで見たことも聞いたこともない物語だったという驚きもありました。
また、この作品は中国映画ではありますが、その物語をチベット語で伝えているということも嬉しく思いました。そして、白い雪豹の造形ですね。デジタルの視覚効果も素晴らしく、とてもリアルで説得力のある形で表現されていました。
キャストの演技も素晴らしく、審査委員全員がファンになってしまうくらい。またセンスの良い笑いもあり、とにかく素晴らしい作品だと思います。急逝されたペマ・ツェテン監督に心からお悔やみを申し上げます。
――世界中の映画祭をご存知の監督として、東京国際映画祭のコンペティション部門の特色、あるいは印象をどのようにお持ちですか?
ヴェンダース審査委員長:まず日本映画にとっては、東京国際映画祭で上映されることがワールド・プレミアという形でお披露目できるチャンスということがあります。そして、今回は『正欲』という素晴らしい作品に対して、最優秀監督賞受賞という形で応えることができたと思います。私が常々感じているのは時期の問題ですね。他の大きな映画祭が各国で開催された後の10月からの開催ですから遅いと思います。その時期に、まだ誰も目にしたことのない作品を集めるのは、技術的にも日程的にも厳しいところがあると思います。
しかし、今回のコンペティション部門のプログラミング編成に関しては、アジアからも優れた作品が出品され、中国の2作品が賞を得ています。どちらも素晴らしく、水準もとても高いと思いました。ともあれ、遅い時期の開催での苦戦はなかなか解消されないとは思いますが、私たちはこれからも今回のように健闘することを心から願っています。
レッドカーペットでのコンペティション審査委員(左からアルベルト・セラ、チャン・ティ・ビック・ゴック、ヴィム・ヴェンダース、チャオ・タオ、國實瑞惠)
2023年11月1日
インタビュー/構成:金子裕子(日本映画ペンクラブ)
東京国際映画祭公式インタビュー:
第36回東京国際映画祭 コンペティション 審査委員長 ヴィム・ヴェンダース
©2023 TIFF 11/1・審査委員記者会見でのヴィム・ヴェンダース審査委員長
チベットの山村を舞台に、若いチベット僧と白い豹の交流をファンタスティックに描いた『雪豹』が、東京グランプリを受賞した第36回東京国際映画祭。
〈多様性〉をテーマにした浅井リョウのベストセラーを岸善幸監督が映画化した『正欲』が、最優秀監督賞と観客賞をダブル受賞。
審査委員特別賞を受賞した『タタミ』も、理不尽な政府の命令に苦悩する柔道の女性コーチを演じたザル・アミールが最優秀女優賞にも輝きダブル受賞。また最優秀男優賞には『ロクサナ』でイランに暮らす若者の揺れ動く心理状態を熱演したヤスナ・ミルターマスブに輝いた。
オープニング上映で話題を集めた『PERFECT DAYS』(カンヌ映画祭で役所広司が主演男優賞を受賞)の監督でもあり、コンペティション部門の審査委員長も勤めたヴィム・ヴェンダース監督にその選考過程を詳しく伺った。
――コンペ部門に参加した作品の傾向と最も議論した点を教えてください。
ヴィム・ヴェンダース審査委員長(以下、ヴェンダース審査委員長):当然のごとく、作品のすべてが同じ水準ではありませんでした。素晴らしいクオリティの作品もあれば、一定の水準に達していないものあって。全作品を観終わったあとに、我々審査委員がそれぞれにとても良いと思う作品、心に響いて説得された作品。まずはピックアップして、それから議論を始めました。そして、『雪豹』を東京グランプリに全員一致で決めました。
――他の賞も全員一致ですか?それとも意見が分かれましたか?
ヴェンダース審査委員長:まず、各賞を決めるに当たって“透明性”ということを話し合いました。今回の作品のなかで、どの作品がいちばん自分の心に響いたか、惹かれたかを議論した結果、最初のプロセスで5本の作品に絞られました。
次にこの5本からどんな賞がふさわしいかを話し合いました。この作風なら監督賞とか、この演技なら女優賞、あるいは男優賞とか。その話し合いの中で、揉めたり反対したりすることもなく、とても明確に、速やかに決まったのです。もちろん、こっちにこの賞をやるなら、あれにはこの賞を、なんていう駆け引きもなく(笑)。結局、他の賞も審査委員全員一致で賛同を得ることができました。
10/24の記者会見でのヴィム・ヴェンダース
――受賞作『正欲』のほかに、日本映画『わたくしどもは。』と『曖昧な楽園』がありますが、どのような感想を持たれましたか?
ヴェンダース審査委員長:審査委員全員の意見として、その2作には説得されなかった。心に響かなかったということです。
――ロシア映画『エア』については?
なにも賞に触れていないということは、私たち審査委員の宣言というか、声明として受け取っていただけるのではないでしょうか。作品のクオリティについても、従来からありがちな手法の戦争映画で、新鮮味も薄く出品作の中で唯一の戦争映画ではありました。
我々の気持ちとしては“今のこの時代に、戦争映画はどうなのか?”という思いもありました。
――先程、水準に達していない作品もあったとおっしゃっていました。
ヴェンダース審査委員長:確かに、他の作品と比べてみると“いかがなものか?”というようなレベルの作品もありました。もちろん我々審査委員は、その映画の良いところを見出そうと最善を尽くしましたが、やはり賞にはふさわしくないと判断しました。
どの作品かは控えさせていただきますが、ひとつだけ言えることは、今回のコンペ部門の作品の中で4本がとても抽象的な、形而上学的な作品でした。それが死後の世界についてであったり、超現実的なものであったり……。しかし私たちはその作品にあまり説得されなかったし、心を動かされませんでした。
――審査委員長の立場ではなく、監督ご自身がもっとも感銘を受けた作品は?
ヴェンダース審査委員長:それは『雪豹』です。最初から、とても新鮮なスタイルで語られている作品だと引き込まれました。いままで見たことも聞いたこともない物語だったという驚きもありました。
また、この作品は中国映画ではありますが、その物語をチベット語で伝えているということも嬉しく思いました。そして、白い雪豹の造形ですね。デジタルの視覚効果も素晴らしく、とてもリアルで説得力のある形で表現されていました。
キャストの演技も素晴らしく、審査委員全員がファンになってしまうくらい。またセンスの良い笑いもあり、とにかく素晴らしい作品だと思います。急逝されたペマ・ツェテン監督に心からお悔やみを申し上げます。
――世界中の映画祭をご存知の監督として、東京国際映画祭のコンペティション部門の特色、あるいは印象をどのようにお持ちですか?
ヴェンダース審査委員長:まず日本映画にとっては、東京国際映画祭で上映されることがワールド・プレミアという形でお披露目できるチャンスということがあります。そして、今回は『正欲』という素晴らしい作品に対して、最優秀監督賞受賞という形で応えることができたと思います。私が常々感じているのは時期の問題ですね。他の大きな映画祭が各国で開催された後の10月からの開催ですから遅いと思います。その時期に、まだ誰も目にしたことのない作品を集めるのは、技術的にも日程的にも厳しいところがあると思います。
しかし、今回のコンペティション部門のプログラミング編成に関しては、アジアからも優れた作品が出品され、中国の2作品が賞を得ています。どちらも素晴らしく、水準もとても高いと思いました。ともあれ、遅い時期の開催での苦戦はなかなか解消されないとは思いますが、私たちはこれからも今回のように健闘することを心から願っています。
レッドカーペットでのコンペティション審査委員(左からアルベルト・セラ、チャン・ティ・ビック・ゴック、ヴィム・ヴェンダース、チャオ・タオ、國實瑞惠)
2023年11月1日
インタビュー/構成:金子裕子(日本映画ペンクラブ)