10/24(火)アジアの未来『ラ・ルナ』上映後に、M・ライハン・ハリム監督をお迎えし、Q&Aが行われました。
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石坂健治シニア・プログラマー(以下、石坂SP):第36回東京国際映画祭 アジアの未来部門から、シンガポールとマレーシアで共同制作されました『ラ・ルナ』を上映いたしました。M・ライハン・ハリム監督です。どうぞ拍手でお迎えください。
M・ライハン・ハリム監督(以下、ハリム監督):皆様、本日は本当にありがとうございます。こうして東京国際映画祭にご招待いただいたことを本当に嬉しく思っております。というのも、私は日本の女性グループ“SPEED”が大好きで、かねがね東京にぜひ来てみたいと思っていたので、今日その夢が叶いました。
(会場から笑いと拍手)
石坂SP:では、まず、私から1つご質問させていただきます。映画で描かれているような状況になると、村長というポストが不在になりますが、その場合、マレーシアの村では、選挙を行うのでしょうか。その前に、あの(劇中の)村長は選挙投票によって選出された村長なのでしょうか?あるいは別の仕組みがあるのでしょうか?
ハリム監督:もともと、ハッサン村長は世襲制で村長になりました。映画の中に「自分は祖父にこういうことを学んだ」というセリフがありますが、そのセリフは世襲したことを示しています。選挙で民主的に選ぶというシステムに変えたのは、ハッサン村長の就任後です。
石坂SP:監督のインタビューを拝読しました。その中で、おそらく中東で、ランジェリーショップが焼き討ちにされたという事件が実際に起こり、その事件に触発され、今回このような映画を制作したというお話がありました。その点について、お話しいただけますか。
ハリム監督:はい、その通りです。10年か15年ほど前に見た記事で、ランジェリーショップが焼き討ちにあったという事件を報道していました。その記事を読んだ時に、何故、誰が、どういう目的で焼き討ちをしたのかということが強く印象に残り、それがこの映画を製作する最初のアイデアが生まれるきっかけになりました。
Q:テリマカシ(マレー語で“ありがとう”)。映画中の火事のシーンの撮影では、撮り直しができなかったと思います。苦労したエピソードがありましたら、お伺いしたいです。
ハリム監督:シンガポールで映画撮影をする際には、5回も撮り直すことは殆どありません。家が全焼するシーンを撮る時には、元々は5日間かけて撮影しても問題ないスケジュールでした。また、家が全て焼け落ちるまでに3時間はかかるとも言われていました。そのため、時間がかかることを覚悟はしていましたが、実際には15分で全部燃え尽きたのです。出来るだけ早く撮影しようと工夫したことが功を奏し、何とか撮影を終えられました。
Q:日本でも公開されることを願っています。この作品は、コメディの要素と、社会や宗教の問題を扱う部分が、絶妙なバランスで構成されていると思いました。このバランスを取る際に、気を付けた点をお伺いしたいです。
ハリム監督:ありがとうございます。私も、この作品が日本でも公開されることを願っております。
仰られたように、バランスを取るのは大変でした。元々、真剣なドラマとしてこの映画を制作するつもりでした。そのうえで、物語に強弱をつけ、より多くの人が観やすい映画にするために、コメディの要素を付け加えたという順番です。そして、このコメディの部分をシニカルなものにしたいと思っていました。というのも、映画において、特にイスラム圏における宗教を扱ったコメディ作品はほとんどありません。そのために、その点においてユニークな映画を制作したいと思いました。
もし、このバランスが上手く取れていたと思っていただけるならば、その9割はキャストの皆さんのおかげです。私自身は、ついコメディ要素を増やそうとしてしまいますが、キャストの皆さんが真剣なドラマとして演じて下さったことで良いバランスが取れました。最後に、今日ここには来ていませんが、編集に携わってくれたアイダもいいバランスを保つのにずいぶん尽力してくれました。
Q:シャリファ・アマニさんを起用した理由を教えていただきたいと思います。
ハリム監督:まず、私がシャリファ・アマニさんの15年か20年来の大ファンなのです。彼女は、昔からヤスミン・アフマドさんの映画で大活躍していました。もう1つ、アマニさんに主人公を演じていただきたかった理由は、彼女が反逆児のような精神を持った人であり、役者だからです。物語を引っ張って行くキャラクターとして、彼女と一緒に仕事をしたくてつくったようなものです。コメディを演じることも、真剣なシーンを演じることにも、とても長けた役者さんだからです。
石坂SP:関係ない話ですが、彼女は最近ご結婚されたようですね。
ハリム監督:その通りです。5年前に初めてお会いしたときはまだ独身でした。そのときは彼女の反逆精神は今よりもう少し強かった気がしますが、結婚を経て、今は少し穏やかになられました。
Q:女性を勇気づけるような映画を制作してくださり、ありがとうございます。以前、マレーシア出身の著名な漫画家であるラット(Lat)の“カンポンボーイ”という作品を読みましたが、この映画の物語には“カンポンボーイ”と共通している部分があるのではないかと思いました。監督はこの映画を制作する際に、“カンポンボーイ”について意識したり、参考したりしたのかお伺いしたいです。
ハリム監督:私もラットの“カンポンボーイ”シリーズの大ファンです。ただ、私自身はこの作品は“カンポンガール”について描いた作品だとは思っていません。この作品を制作する際に、アマニさんに「そのようなメッセージ性の強いものを作るのはどうかと思う」と言われたのです。「映画は他の人を変えるために制作するのではなく、あなた自身を変えるためにつくるものですよ」と彼女は言ってくれました。つまり、この映画のもう1人の主人公、サリヒンは私自身のことなのです。新しく変わりつつある世界の意味するところ、その世界での自分の居場所といったようなものを彼は手探りで今見つけようとしています。もしもこの映画がフェミニズムについて描いた作品であると考えてくださるのであれば、それはそれで有難いと思います。また、そうであるならば、それは役者さんたちの功績です。私自身は、この作品を政治的なものにするつもりはなく、40歳を目前にし、急速に変わりつつある世界の中で手探り状態の自分のために制作したようなものです。
Q:この映画はマレーシアの田舎の状況を雄弁に語っています。この点に関して、宗教的な指導者や保守的な人たちから攻撃される可能性はないのでしょうか。また、村長の仕打ちに対して、警察署長の娘が「村長がしたことはひどいことであるというだけではなくて、憲法違反だ」というセリフを言いますが、これを踏まえて、宗教的なさまざまな掟と刑法との関係について、お話を伺いたいです。
ハリム監督:細かいところまで観てくださり、ありがとうございます。私は映画を制作する際に、特定の一国のみについての物語を作っているつもりはありません。例えば、この映画の中では宗教を武器として用いる事例についての話が進みます。この事実に関して、私は心の底から大反対しています。実際、国によって、宗教の場における説教の内容を政府がコントロールしている場合もあります。この映画では、そのような圧制に対して、どのように戦うかということを一つの例として見せたいと思いました。そして、その舞台をランジェリーショップにすることでユニークな物語にしたかったのです。この話がどのように受け入れられるかは、私にも今のところ分かりませんが、現時点で問題は起きていません。どちらにせよ、繰り返しますが、この作品は特定の国の話ではありません。例えばハッサン村長は、伊藤潤二の漫画やロックミュージックなどは好きではないでしょう。好きではないがために、人々を抑圧する上でそうしたものを使う、そして、そうした指導者が、自分たちの都合のために法律まで勝手に変えているといった事実を、普遍的な問題として描きたかったのです。
石坂SP:ありがとうございました。最後に締めの一言をいただきたいと思います。
ハリム監督:皆様、本当にありがとうございます。今日のように、皆様と一緒に観客席に座ることで、私の作品を観て皆様が笑ったり、楽しんだりしている様子を見られるのは、私たち作り手にとって本当に嬉しいことです。そして今、上映後もこうして劇場に残り、私の言葉に耳を傾けてくださっていることは本当に大きな喜びです。ありがとうございます。まだ、もう一度上映がありますし、シンガポールとマレーシアではまもなく劇場公開されます。もし、今日この映画がお気に召しましたら、ぜひ宣伝してください。よろしくお願いします。
石坂SP:ありがとうございました。今日、ここにいる皆様が、この映画の、世界最初の目撃者です。これからも展開していく映画ですので、ぜひ応援をよろしくお願いします。